完璧なコミュニケーション方法はない

2019年5月15日

すべてを知ることはできない

政治家や芸能人の失言暴言が世の中を騒がせている昨今。地方の夕方の情報番組で不適切な報道があったというニュースがありました。

ある一般の方に性別を確認するというコーナーが物議をかもし、問題となったレポートをしたタレントさんが謝罪しました。

人権に関する意識が高まっている中でのこの内容は確かに不適切だと感じます。番組中でコメンテーターさんが激怒したとのことでしたが、その前に誰か止める人はいなかったのかと感じます。

「LGBT」という言葉を聞いたことがあると思います。政治家のLGBTへの差別とも思える発言が問題になったり、最近ではドラマでもLGBTがテーマになっているものやLGBTに関する話題が出ています。

私にはLGBTの友人がいます。この友人がいることで私にとってLGBTは「知っていること」になりました。しかし、全てではありません。

以前、彼女に「最近、テレビでもLGBTが取り上げられるようになて来たね」「認知度上がってきてるよね」と言ったところ、「そうなの。でもね。そうなると、別のマイノリティーの人たちからLGBTばかりと非難されることもあるのよ」と言っていました。

その時、それ以外のマイノリティーというのがどんな人たちなのかも思い浮かびませんでした。彼女と知り合ったことでマイノリティーに対する理解が深まったと思っていたのですが、まだまだ自分は何も知らないなと思った経験でした。

私達はすべての人の気持ちを知ることはできません。それゆえ、どんなに差別というものに意識を向けていたとしても気づかないうちに人を傷つけているのかもしれないという意識を持っています。

失敗した時には修正する

悪気なく言った自分の言葉で相手が傷ついてしまった。そんな時、「そんなつもりじゃないし」「そんな受け止め方されても」という気持ちになったことは無いでしょうか。あなたにも言い分はあるでしょうし、その気持ちはわかります。

しかし、あなたにその気がなかったとしても相手がその言葉に傷ついたのは「事実」です。

その事実については認めるしかありません。そして、事実については謝り、今後、意識や対応を修正するしかありません。

こういった修正は、世の中でも行われています。認知症がかつては「痴呆症」と言われていたのをご存知でしょうか。行政でも医学会においても、また、介護の現場でも「痴呆」という言葉が使われていました。

「認知症」に変わったのは2004年以降です。痴呆という言葉が侮蔑的な意味合いを含んでいることや、症状を正確に表していないことなどから、「認知症」という言葉に変わったのです。

このように、日本全体で悪気なく使っていた言葉がのちに不適切とされ修正されています。

私達は、世の中のすべてを知ることはできません。知らないことで間違えたら修正する。 技術もコミュニケーションも同じです。