「それはないな」と決めつけるのをやめてみると、新たなものが生まれる

2019年6月13日

意見を取り下げる勇気

「70代で認知症の人の割合を10年間で1割減らす」

少し前に政府が出した認知症対策に盛り込む予定だった数値目標です。しかし、その3週間後、批判が相次ぎ、この数値目標は取りやめになりました。

取りやめとなったポイントは

〇認知症が予防できると誤解を生む可能性がある

〇認知症の人が「予防できなかった人」として責められる可能性がある

〇実現するための方法に対してエビデンスが不十分であるという事

この3つです。批判され取りやめになった今回の数値目標ですが、私は数値目標を示したことも、それを取り下げたことも必要なことだったと評価しています。

発表した政府も一部から批判が起こることは承知していたことでしょう。しかし、それでも数値目標としてあげるほど、医療費の増加についての切迫した事情があるからです。また、取り下げたことについても、批判があればそれを受け止める。こういった時の柔軟性は必要です。

不適切な表現もあり、取り下げた数値も目標ではありますが。それだけ政府が強い問題意識を持って取り組んでいるということを感じたからです。

批判を意見としてとらえると

批判が上がったことで改めて重要視された言葉があります。それが共生という言葉です。

政府は、数値目標を盛り込まなかっただけでなく、大綱の素案で「予防と共生を両輪にする」と記載していたものを「共生と予防を両輪にする」と表現を変えました。予防という視点より、共生を重視しているという姿勢を示したのです。

「共生」というのは2015年に策定された「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」に盛り込まれた。周囲がケアのあり方を決める手法から、本人が望む生き方を尊重する流れに変える考え方です。当事者である認知症の方からも賛同を得られている考え方です。

一つの方向性を示す。それに対する批判を一つの意見として受け止め、さらに良いものにしていくといったことが起こったのだと思います。

そう考えれば、批判を受けてしまった数値目標でしたが、私は一定の効果があったのではないかと思っています。

批判を恐れすぎていないか

このところ、政治家や芸能人などの有名人の言葉が不適切だと批判されることが少なくありません。公に影響力がある人の言葉には影響力があります。発言には注意が必要であることは言うまでもありません。

公の立場であれば、批判される意見を言うことが命取りとなるかもしれません。しかし、組織の中では、それを恐れず言うことができる場が必要ではないでしょうか。

批判の恐れ、様々なことを配慮しすぎて効果がない改革になってしまうといったことは良くある話です。また、前例がないことに対する抵抗があるのも自然なことです。

それでも、恐れずに意見を言う場がなければ、より良くはならないのではないでしょうか。

それはないなをやめてみる

B‘zというバンドをご存知でしょうか。平成の世の中で最も多くのCDをうりつづけたバンドです。10年ほど前、20周年を向けえた彼らを特集をした番組がありました。

その中で、ヒットの秘訣をインタビューされていました。その時、キターの松本孝弘さんはこう言いました「とにかく、これはないな」はやめているのだそうです。

それはないなというものがヒットしたり、そこから新しい発想になっていくからだそうです。

新しいことをするときには、必ず反対の意見が出ます。それはそれで悪いことではありませんし、自然なことです。しかし、いったん受け止めてみるということを共通認識にすることで色々な意見を言うことができます。

却下されたとしても、意見を言うことができる、これは、参加する人たちの承認欲求を満たすことができます。