必要だからこそ、丁寧に伝えることが大切

2019年6月13日

必要だから受け入れるのが当然

陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)への配備に関して、地元が反発しているというニュース。

しかし、防衛大臣は配備計画に変わりがないことを改めて表明しています。この問題が大きく取り上げられたのは、説明された内容がずさんだったことでもあります。

ミサイルの配備は防衛の専門家から見れば、必要なことなのでしょう。しかし、必要だから、国のためだから受け入れるのが当然と感じれば、反発するのは自然なことです。必要だからこそ、受け入れてもらうために丁寧に説明をすることが大切です。

こうしたことは各地で起きています。基地問題、施設の問題。当事者にしてみればまさに自分の今後の生活に関わってくること。不安に感じるのは自然なことです。反対する意見が出るのは当たり前です。

頭では必要なことがわかっていても、自分に被害が及ぶかもしれないと考えた瞬間に、反対する気持ちもわかります。

必要なことでも、自分に降りかかってくると危機感を感じる

例えば、保育園の建設問題です。少子化対策のために、子供を育てる環境を作ることが必須であること。そのために待機児童の問題で困っている働きたい母親のためにも新たな保育園の建設は必要なこと。

それについては、誰もが賛成することでしょう。しかし、実際に自分の家の隣に保育園ができたとしたらどうでしょう。朝と夕方園児を迎えに来る母親でごった返します。小さな子供が自分の家の周りに沢山いる。もし、車を運転する必要があれば、子供を車でひいてしまうかもしれません。

また、小さな子の騒ぐ声は何か考え事をしたいときにはうるさいと感じます。静かに過ごしていた毎日が一変してしまう可能性があるのです。

こうした問題に対して、正しいことを言う人がいます。「子供が育たなければ日本に未来はないのになぜ、協力しないのか!」と言われても、もしあなたが当事者だったら、こうした意見に対し、だったらお前の家の前に立てれば良いじゃないかという気持ちにならないでしょうか。

正しいことだから、必要だからでは伝わらない。

こうした問題に対して、正しいことを言う人がいます。「子供が育たなければ日本に未来はないのになぜ、協力しないのか!」という意見です。

しかし、そう言われても、もしあなたが当事者だったら、こうした意見に対し「だったらお前の家の前に立てれば良いじゃないか」という気持ちにならないでしょうか。

正しいことだとしても、必要なんだから仕方がないでしょう。という態度では、受け入れる気持ちにはなりません。反対している側もそれが正しいこと必要なことはわかっていることです。そのうえで不安なことを伝えているのです。

だからこそ、丁寧に説明する必要があるのです。また、必要だからこそ、相手が受け止められるように、抱えている不安を払しょくさせる対策をとり、それを説明していくしかありません。

組織の中でも同じことが起こっていないか

同じ部署の中でも、違った部署の間でも業務上必要だからこそしてもらわなければならないのに、「そんなことしていられるか」という態度をとられたり、守ってもらえないということは無いでしょうか。例えば、書類の提出や手続き、報告などです。

こういったときも正しいことだから、必要なことだから受け入れるのが当然という態度では相手も受け入れにくくなります

業務上必要だからこそ行動してもらわなければなりません、しかし、そういったとき、その必要性を丁寧に説明する人はいません。必要だから受け入れるのが当然という気持ちを持っているからです。

そして、そういった場合には不満を持つ相手に対して、ただ反対する人というイメージを持ってしまいます。そうなれば、お互いが遺恨を残すことになったり、イージス配備の様に感情的になったりすることになりません。

「必要なことだからこそ丁寧に説明をする」という意識を持ってください。